ピロリ菌がいなくても胃がんになる?― ピロリ陰性胃癌(未感染胃癌・除菌後胃癌)と、除菌後も胃カメラが必要な理由 ―

2026/7/15

  • コラム

はじめに ― 「ピロリ菌がいない=胃がんにならない」ではありません

「ピロリ菌がいないと言われたので、胃カメラはもう受けなくてよい」「除菌が成功したから胃がんの心配はない」――外来でよくうかがう言葉ですが、どちらも正しくありません。

日本ではピロリ菌の感染率が急速に低下し、除菌治療も広く普及しました。その結果、胃がん全体は減少している一方で、胃がんの中に占める「ピロリ菌陰性の胃がん」、すなわち①ピロリ菌に一度も感染したことのない方に発生する【未感染胃癌】と、②除菌に成功した後に発見される【除菌後胃癌】の割合が増えています。実際、内視鏡検診で発見される胃がんの約6割が除菌後胃癌であったという施設報告もあります。

これらの胃がんは、従来のピロリ菌感染を背景とした胃がんとは見た目(内視鏡所見)も性質も異なり、発見には専門的な知識と丁寧な観察が必要です。このページでは、最新の文献と2026年版のガイドラインに基づいて「ピロリ陰性胃癌」を整理し、どのような方に胃カメラの継続をおすすめするか、除菌後の検査をいつまで続けるべきかをご説明します。

1. ピロリ陰性胃癌には2つのタイプがあります

  • 未感染胃癌:ピロリ菌に一度も感染したことのない、きれいな胃粘膜(萎縮や炎症のない胃)から発生する胃がん。全胃がんの1%前後~数%と報告され、内視鏡像が広く知られるにつれて発見頻度は増加傾向にあります。

  • 除菌後胃癌:ピロリ菌の除菌治療に成功した後に発見される胃がん。除菌により胃がんのリスクは大きく下がりますが、ゼロにはなりません。

両者は発生する背景粘膜が異なるため、できやすい場所・組織型・内視鏡での見え方がそれぞれ異なります。

2. 未感染胃癌 ― 部位ごとに特徴的な「顔」があります

未感染胃癌は、胃のどの部位に発生するかによって病型がほぼ決まっており、それぞれ特徴的な内視鏡所見を示します。裏を返せば、特徴を知って観察すれば拾い上げが可能な胃がんです。

① 胃底腺型胃癌(胃体上部)

胃の上部(胃底腺領域)に発生します。粘膜の下から持ち上がるような白っぽい隆起として見え、拡張した樹枝状の血管を伴うのが特徴で、背景の粘膜に萎縮がないことがポイントです。病理学的には胃底腺型腺癌と、表層に腺窩上皮への分化も示す胃底腺粘膜型腺癌に分類され、後者はやや大きくなる傾向があります。おとなしい性質のものが多く、内視鏡治療の良い適応となります。

② ラズベリー型胃癌(ラズベリー様腺窩上皮型胃腫瘍:胃体上中部)

その名の通り、木いちご(ラズベリー)のような鮮やかな赤色の小さな顆粒状ポリープとして見つかります。胃体部大彎や穹窿部に多く、多発することもあります。ピロリ菌がいない方にできる過形成性ポリープとよく似ており、鑑別は必ずしも容易ではありません。NBI(狭帯域光観察)拡大では、乳頭状・脳回状の腺構造やwhite zoneの肥厚が乏しいことなどが手がかりになります。生検で消失することがあるため、内視鏡切除でまとめて診断・治療する方針が推奨されています。

③ 白色扁平隆起型の腺窩上皮型胃癌(胃体上中部)

大腸の側方発育型腫瘍に似た、白色調の平坦な隆起として発見されます。表面は比較的均一な顆粒状・結節状で、周囲の多発性白色扁平隆起の中に紛れて存在することがあります。

④ 印環細胞癌(胃体下部~胃角部)

胃角部を中心とした部位に、周囲より白っぽく褪せた色調の平坦な病変として発見されます。境界は比較的明瞭で、萎縮のないきれいな背景粘膜との色調差が発見のきっかけになります。未感染の印環細胞癌の多くは低異型度でおとなしい経過をとりますが、放置してよいわけではなく、早期の拾い上げと適切な診断が重要です。

⑤ 前庭部の低異型度高分化型腺癌(胃の出口付近)

胃の出口に近い前庭部に、発赤調の星芒状のくぼみや、なだらかな隆起として見つかります。粘膜内癌の段階で発見されることが多い病型です。

これらの多くは異型度が低く進行の緩やかな病変ですが、未感染胃癌の中にも粘膜下層浸潤癌や進行胃がんの報告があり、また若年~中年の方の非萎縮粘膜に悪性度の高い低分化型癌が発生することもあります。「ピロリ菌がいない=胃カメラ不要」ではない理由がここにあります。

3. 除菌後胃癌 ― 除菌成功後も、リスクはゼロになりません

除菌後も胃カメラは必要ですか? ― 多くの方で継続が必要です

結論:除菌は胃がん予防のゴールではありません。 除菌により胃がんリスクは大きく低下しますが、除菌前に生じた胃粘膜の萎縮や腸上皮化生が残ることがあり、そこから胃がんが発生する可能性があります。

2026年に日本消化器内視鏡学会が公表した「早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン(第2版)」は、臨床・内視鏡・組織学的な胃がんリスク因子をもつ除菌後の方に、サーベイランス内視鏡検査を行うことを強く推奨しています(推奨の強さ1、エビデンスレベルB)。

除菌は、胃の中からピロリ菌を除いて炎症の進行を抑える治療です。しかし、長年の感染によってすでに形成された「胃がんが発生しやすい土台」まで直ちに元通りになるわけではありません。除菌が成功したことと、将来の胃がんリスクがなくなったことは同じではありません。

胃カメラでは「除菌できたか」だけでなく、背景胃粘膜を評価します

同ガイドラインでは、萎縮、腸上皮化生、皺襞腫大、びまん性発赤、胃黄色腫、胃潰瘍・潰瘍瘢痕、胃炎の京都スコア4点以上、体下部・胃角部のRAC(規則的な集合細静脈)の有無が、胃がんリスクと関連する内視鏡所見として挙げられています。

RACが明瞭で、萎縮や腸上皮化生を認めない胃は、一般にピロリ菌未感染の可能性が高く、胃がんリスクも低い背景と考えられます。一方、除菌後は炎症が改善しても萎縮や腸上皮化生が残ることがあり、地図状発赤などの除菌後胃粘膜の変化も加わります。RACだけで感染歴を判断せず、除菌歴、検査結果、胃粘膜全体の所見を組み合わせて評価することが重要です。

除菌後の胃カメラを特に継続すべき方

  • 胃粘膜の萎縮、とくに広範囲の萎縮を指摘されている方

  • 腸上皮化生、胃黄色腫、胃潰瘍瘢痕などのリスク所見がある方

  • 胃がん・胃腺腫の治療歴がある方

  • 胃がんの家族歴、喫煙歴などの臨床的リスクがある方

  • 除菌から長期間経過している方(10年以上経過しても、検査を終了できるという十分な根拠はありません)

胃カメラは何年ごとに、いつまで受ければよいですか?

ガイドラインは、除菌後のすべての方に一律の検査間隔や終了年齢を定めてはいません。萎縮・腸上皮化生の範囲、過去の胃腫瘍、家族歴、年齢、前回検査の所見などから個別に決めます。リスク所見がある方では定期的な内視鏡が重要で、長期間経過したという理由だけで中止することは勧められません。

当院では、萎縮や腸上皮化生が明らかな方、胃腫瘍の治療歴がある方などは原則として年1回を目安に検討し、低リスクと判断される方は1~2年など、所見に応じて次回の検査時期をご提案します。

除菌の効果と限界(疫学データから)

  • 除菌により胃がんの発生リスクは、除菌しない場合と比べておよそ0.3倍まで低下すると考えられています。除菌は現在も最も有効な胃がん予防策です。

  • 長期追跡研究では、除菌成功後も胃がん発生リスクが少なくとも20年間持続し、除菌時の胃粘膜萎縮が強いほど発生率が高いことが示されています。

  • 2026年版ガイドラインも、長期経過後にサーベイランス内視鏡を省略できるかについては、さらにエビデンスが必要としています。特に除菌後10年以降は未分化型胃癌の発生にも注意が必要です。

除菌後10年を過ぎると「未分化型」に注意が必要です

除菌後胃癌の多くは、比較的おとなしい分化型の早期がんで、内視鏡治療で根治可能です。しかし近年、除菌時の萎縮が軽度~中等度の方では、除菌後10年を過ぎた頃から未分化型(スキルス胃がんの元になりうるタイプ)の発見率が相対的に高まることが報告されました。

除菌後の未分化型胃癌は、分化型に比べて径が大きく深達度が深い状態で見つかりやすく、除菌後10年以上経過して発見された未分化型の多くが外科手術を要したという報告もあります。リスク因子の解析では、「定期フォローアップを受けていないこと」がオッズ比約5倍と最も大きな危険因子でした。逆に言えば、検査を続けていれば早期発見のチャンスを大きく高められるということです。

除菌後胃癌は「見つけにくい」胃がんです

除菌後の胃がんは、周囲の粘膜との高低差・色調差が小さい平坦型が7割を占め、がんの表面を正常に近い上皮が覆う「胃炎類似所見」を示すことがあるため、通常の白色光観察だけでは発見が難しい病変が少なくありません。萎縮境界部に出現する地図状発赤や斑状発赤との鑑別も課題です。

この弱点を補うのがNBIなどの画像強調内視鏡観察です。腸上皮化生粘膜が呈する「利休色(緑がかった茶色)」の中の「唐茶色」の領域に注目することで、白色光では拾えない病変の存在診断が可能になることが示されています。除菌後短期間で強い発赤調の陥凹が出現した場合は中分化型病変の可能性があり、注意が必要です。

4. 当院の胃カメラで大切にしていること

  • 感染状態と胃がんリスクの把握から検査を始めます:問診でピロリ菌の検査歴・除菌歴を確認し、未感染・除菌後・現感染のどの状態かを踏まえて観察方針を立てます。除菌歴が不明な場合も、萎縮、腸上皮化生、RAC、地図状発赤、胃黄色腫、潰瘍瘢痕などの背景粘膜所見から感染状態と胃がんリスクを総合的に評価します。

  • 背景粘膜に応じた観察:除菌後の軽度萎縮例では前庭部の高分化型癌を、中等度萎縮例では胃体部小彎の中分化型・未分化混在型を、高度萎縮例では地図状発赤と紛らわしい病変を念頭に、発生しやすいがんのパターンを想定しながら胃全体を系統的に観察します。

  • 画像強調内視鏡の活用:NBIをはじめとする画像強調観察・拡大観察を併用し、白色光では発見の難しい平坦な病変の拾い上げに努めています。

5. こんな方は胃カメラの継続をおすすめします

  • ピロリ菌の除菌に成功し、萎縮・腸上皮化生などのリスク所見がある方(除菌後10年以上経過した方も含みます)

  • 除菌後に一度も胃カメラで背景胃粘膜のリスク評価を受けていない方、または除菌が成功したかどうかがあいまいな方

  • ピロリ菌陰性と言われたが、一度も内視鏡で胃粘膜の評価を受けたことがない方

  • 健診のバリウム検査や内視鏡で萎縮性胃炎・腸上皮化生を指摘されたことがある方

  • 胃がん・胃腺腫の治療歴がある方、胃がんの家族歴のある方、みぞおちの痛み・胃もたれ・貧血などの症状が続く方

検査の間隔は、感染状態だけでなく、萎縮・腸上皮化生の程度、胃腫瘍の既往、家族歴、これまでの内視鏡所見によって一人ひとり異なります。当院では背景胃粘膜のリスク評価を行い、年1回または1~2年ごとなど、適切なフォローアップ間隔をご提案しています。お気軽にご相談ください。

参考文献

本ページは、以下のガイドライン・成書、および学会誌・専門誌に掲載された論文・総説に基づいて作成しています。

【ガイドライン・成書】

  1. 上堂文也,金光高雄,川村昌司ほか.早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン(第2版).日本消化器内視鏡学会,2026.

  2. 日本ヘリコバクター学会ガイドライン作成委員会 編.H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024年版.先端医学社,東京,2024.

  3. 春間 賢 監修,加藤元嗣,井上和彦,村上和成,鎌田智有 編.胃炎の京都分類 改訂第3版.日本メディカルセンター,東京,2023.

  4. 日本消化器内視鏡学会,日本胃癌学会 編.胃癌に対するESD/EMRガイドライン(第2版).Gastroenterological Endoscopy 62(2),2020.

  5. 日本胃癌学会 編.胃癌治療ガイドライン 医師用 2025年3月改訂 第7版.金原出版,東京,2025.

【論文・総説】

  1. 小林正明,高橋祥史,今井径卓,塩路和彦,渡邉玄.ピロリ菌除菌後胃癌の見つけ方.消化器内視鏡 36(増刊号):110-114,2024.

  2. 小林正明.ヘリコバクター・ピロリ陰性胃癌の内視鏡診断.新潟がんセンター病院医誌 62(1):1-9,2024.

  3. 兒玉雅明,水上一弘,小川竜ほか.除菌後の未分化型胃癌の特徴.Helicobacter Research 27(1):40-44,2023.

  4. 菊地正悟.除菌後胃癌の疫学.Helicobacter Research 27(1):18-20,2023.

  5. 貝瀬満,小泉英里子,野田哲人ほか.除菌後分化型腺癌の内視鏡診断.消化器内視鏡 34(2):175-183,2022.

  6. 佐藤公,古屋圭一,見本雄一郎ほか.総除菌時代の胃癌内視鏡検診における課題.Helicobacter Research 27(1):59-61,2023.

  7. Take S, Mizuno M, Ishiki K, et al. Risk of gastric cancer in the second decade of follow-up after Helicobacter pylori eradication. J Gastroenterol 55: 281-288, 2020.(文献5,7,8内で参照)

※本ページの内容は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個々の患者さんの診断・治療方針を示すものではありません。症状のある方、検査をご希望の方は当院までご相談ください。

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